はじめに

 日本経済は第二次世界大戦後に急速な発展を遂げ、それに伴い人々の暮らしも豊かになりました。とくに1950年代中頃から1970年代前半にかけての高度経済成長は、世界各国から驚きの眼差しで見られ、“奇蹟”とも呼ばれています。1973年の第一次オイルショック、1978年の第二次オイルショックともに一時的に日本経済にダメージを与えましたが、それらを乗り越えた結果、更に経済は強くなったといわれています。1980年代後半から数年間続いたバブルは崩壊したものの、日本が経済大国であることを疑うものはいないでしょう。しかし、近年、その影響の深刻さが叫ばれる環境問題及び数十年後には必ず到来する高齢化社会等を考えるとき、これまで通りの地位を国際社会で日本が占められるかは不確実です。豊かで安定した社会を迎えるためには、新産業を育成し、産業構造の転換を進めなければなりません。日本は終戦直後に既に大きな構造転換を一度経験しています。戦前には軍需主導だった日本の産業は、終戦により、民需が主役となる産業構造へと転換を遂げました。戦後に発展した産業を研究することにより、そこから得られるものは大きいのではないでしょうか。戦後に急速に発展した産業としてはいくつか挙げられます*1が、このWebサイトでは二輪車*2産業について考えてみたいと思います。二輪車産業を対象としたのは、同種の製品を生産し続けている産業の中で、戦後に急速な発展を遂げ、現在まで強い競争力を持ち続けている産業が他に見当たらなかったためです*3

 二輪車は、日頃、私たちの身の回りでよく見かけます。それは寿司、そば、宅配ピザ、酒類、新聞や牛乳の配達等に用いられる商業目的の小型の二輪車であったり、通勤・通学に用いられる二輪車であったり、趣味として乗られる大型の二輪車であったりします。二輪車の使用目的は様々ですが、そこに共通するのは、少人数の移動、少量貨物を運送するのに適した乗り物だということです。戦前は軍部やごく一部の人々の乗り物でしかなかった二輪車は、戦後の急速な発展とともに人々の“足”として普及しており、今やそれ自体を疑問に思う人はいないでしょう。

 戦後の日本経済とともに発展してきた二輪車産業は終戦直後、ほとんどゼロの状態からわずか十数年で世界一の生産台数を達成しました。以来、世界の二輪車産業をリードするだけの競争力を持ち続けています。また、二輪車産業における日本の四メーカー*4はそのまま世界の四大メーカーであり、この圧倒的地位は当分揺らぎそうにありません。日本の二輪車産業の始まりは明治後期ですが、大量生産技術を確立し、急速な発展を遂げたのは戦後になってからです。一時期、数百ともいわれる企業が存在していた二輪車産業も、激しい競争の結果、1960年代中頃にはほぼ四社の寡占状態となりました。日本で寡占状態になるのと時を同じくして、世界での地位も確立しています。これは当時の潜在需要が大きかったことに加え、競争の結果として、技術力が向上したためでもあります。日本の二輪車産業がここまでに強くなったのは、各種政策とも無関係ではありません。

 このような二輪車産業を技術的側面や文化的側面から分析した文献はいくつか存在しますが、経済学的な側面から分析した文献はあまり聞いたことがありません。このWebサイトでは、まず二輪車の定義をおこない、産業の境界を明らかにします。次に二輪車産業の成長過程を追います。加えて、二輪車産業構造の変遷を見るとともに分析をおこないます。そして二輪車産業の発展要因及びその特徴を明らかにしたいと思っています。

 

※ 本Webサイト上でのメーカー名や個人名については敬称を略させていただきます。


*1 電気・電子機器産業(ビデオテープレコーダー、コンピューター)や精密機械産業(時計、カメラ)など。

*2 一般には「オートバイ」(auto bicycleの略)、「モーターサイクル」(motor cycle)、「モーターバイク」(motorbike)や「二輪自動車」とも呼ばれます。

*3 二輪車は1998年の時点において、生産金額の構成比でいえば全機械工業の1%、自動車の約5%となっています。通商産業大臣官房調査統計部『機械統計年報』日本機械工業会、平成10年版より。

*4 本田技研工業株式会社(以下、「ホンダ」)、ヤマハ発動機株式会社(以下、「ヤマハ」)、スズキ株式会社(以下、「ズズキ」)、株式会社カワサキモータースジャパン(川崎重工業株式会社の二輪車販売部門が独立したもの。以下、「カワサキ」)の四社。なお、カワサキを除く三社はいずれも浜松が発祥地です。これについては大塚昌利「浜松地域における二輪車工業地域の形成」『地理学評論』 58(Ser.A)-9、1985、577-595ページで詳しく述べられています。

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